わたしの、心のゆがみをとりのぞく。│あぴママびより
「そんなのはまちがってる、人としてよくない」それはぜんぶ自分のせい。

わたしの、心のゆがみをとりのぞく。

今日はこちらのマンガに頂いたコメントをとりあげます。体罰についてです。
こちらのコメントです。 すぐに頭をペシッとしてしまって娘を産んでからはや6年、息子を産んでからも3年なのによく何も変わらない自分に悩みます。あぴままさんも経験したことなのかとすこし気が楽になりました、ありがとうございます。
たぶんこのコメント、もし10年前にもらってたら、本当にイヤ~な気持ちになってたろうな。わたしは酷い体罰を受けて育った分、大人から子どもへの体罰が生理的に嫌で字面だけでもムリな人だった。たとえどんなに軽くても。
しかし10年前の私はもういない。今となっては大変穏やかな気持ちでこういうものを見れる。
こういう感じのさ、強く強くイヤな気持ち、生理的嫌悪感を感じるときってあるでしょ。だれでもあると思う。「それはちがう!!」って言いたくなったり、「あなたはまちがってる!!」って言いたくなること。
正しいも間違いもない、あるがままの世界が眼前に広がってる状況でさ、「それはちがう!!」と言いたくなる自分の心の方が異常で過剰なんだよね。
そこになにかあるんだよね。心のゆがみが。自分と他者をしばり傷つけうるゆがみが・・・。だから怒りとか嫌悪感を自分の中に見つけたら「ヤッタ!!」と思って、掘っていけばいいよね。それが子どもから大人になるっていうこと。
ボイシーでは、私自身のケースを通じて心を掘っていく過程についてお話しできたと思います。タイトルは「子どもって叩いていいんだなって思ったときの話」としてますから、トラウマが多く心がガチガチの善悪厨の方には劇薬でしょう。だからプレミアムです。

なんかあるんですよね。

ものすごい不愉快だったり、なにかひとことぐさりと刺したくなったり、物申したくなったりしたときは、自分の中になにかがあります。

【あぴママの本音】わたしの帰る場所のために、子どもを産む│あぴママびより

もちろん私の中にも、まだまだいろんななにかが渦巻いておりまして、上記の漫画では、ただのいい人からのコメントにたいして、ワナワナしたという記述なんかがありますが、これもまちがいなく、自分の中に渦巻く「なにか」であり、このコメント主に問題があるわけではありません。

人生自体が、このような「なにか」をひとつひとつクリアにしていく道なのかなと思ったりします。

今日のVoicyでは、子どもへの体罰を巡ってわたしが「なにか」を融解していった過程がお聴きいただけるものと思います。

こちらも、ぜひ。

子どもって叩いていいんだなって思ったときの話

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