アダルトチルドレン」という言葉も「毒親」という言葉もわたしを救いはしなかったよね。│あぴママびより
主人公が子ども時代の自分と毒親を思い浮かべながら振り返る場面。「アダルトチルドレン」という言葉も「毒親」という言葉もわたしを救いはしなかったよね。

アダルトチルドレン」という言葉も「毒親」という言葉もわたしを救いはしなかったよね。

主人公が幼少期に厳しい親と過ごした記憶を思い浮かべながら独白する場面。「アダルトチルドレン」という言葉も「毒親」という言葉もわたしを救いはしなかったよね。
母親が子どもの頭を押さえつけ、子どもが泣いている場面と、両者が険しい表情で向き合う場面。テキスト:「子どものとき、お母さんから大切に育てられなかったと思うこと。子どもである自分の気持ちより、お母さんの気持ちや機嫌のほうがずっと大切であるという空気の中、育ったと自覚すること。
短髪の人物が話しているコマ。吹き出し「虐待というのは、虐待を受けている時点では始まっていなくて本当の意味でそれが始まるのは大人になって自立してからだと思う。」ナレーション「元被虐待児として、わたしは先日の音声配信でこう主張したけれど
読者がコメントで気づきを語る場面。ナレーション「一見分かりにくいこの言葉に即座に納得したのは、長年あぴママの漫画を読んでくださってきた方達だったようで」吹き出し「あぴママは長年ずっとそれを言ってくれてたから今となってはすごくわかる。」吹き出し「これがすぐ腹落ちする自分の状態がうれしい。ありがとうあぴママ。」ナレーション「ちょっとやりがいを感じた。ということで
怒った表情の大人が泣いている子どもの頭を押さえつけている場面。「急に昔話をする。わたしのお母さんにとってわたしというのは悪い人間であり敵だったみたいだ。家庭内の人の見ていないところでは本当に露骨にいじめられたし、
大人に叱られる子供の場面。吹き出し「お母さんを困らせちゃダメよ」ナレーション「家庭外の人の見ているところでは、わたしがいかに育てにくく、よくない人間であるかをよく人に吹聴していたので、母の言うことを信じた父、親戚、近所の人たちに、よくわからない文脈で注意を受ける日々だったし、周りの大人たちがわたしのことを困った人間であると思っていることをビシビシと感じながら育った。
背の高い女性と小柄な子どもが向き合って立ち、子どもの吹き出しには「…….。」と無言が描かれている場面。ナレーション:「そういう人たちに対して、母のいないところで反論したり、逆に母の悪口を吹聴するチャンスはいくらでもあったのだけれど わたしはそれを一度たりともしなかった。
輝きながら誇らしげに語るキャラクターのコマ。吹き出し:「相手と同じことをしたら、相手と同じところまで自分を下げることになるから私はそんなことはしません。」ナレーション:「こういう態度のことを」「という文脈で説明されることが世間ではままあるが、
高い塔の上に立つ人物が「I win!」と叫び、低い台の上の人物が悔しそうに見上げている漫画のコマ。タイトル「倫理の塔」。ナレーション:結局それって、倫理的に自分を相手より高い位置に保っておきたいという意味でしょう?わたしのはそういうナルシスティックな理由では全然なくて、
主人公が黙って考える場面。ナレーション:「ただただ、自己保身のための言葉を発したくなかった。悪い言葉を発したくなかった。自分さえ黙っていれば、曖昧模糊であり続ける母の悪さを、自分が言葉を発することで、形ある決定的悪にしたくなかったし、一方の言うことを即座に信じてしまう簡単な人達に、しっかりと腰を据えてこの問題を捉え善悪について思考を深める度量があるとも思えなかった。」主人公は「……」と無言でいる。
2人の人物と語り手の独白が描かれた場面。ナレーション:「このわたしの性格的傾向はいまだに健在で、それがいいとか悪いとかではなく、それがわたしそのものだ。自己保身のためだけに言葉を発さない。悪い言葉を発さない。わたしが悪に形を与え、悪と断じ排除することは、決してない。今までも、これからも。」吹き出しは「……。」が2つ。
Voicyの再生ランキング1位になった喜びを語る場面。右側のナレーション「それもあるんだろうな、と思ってる。吹けば飛ぶような主婦の分際で学もなく常識もないのに、発する言葉に勝手に説得力を持たされるのは。」画面には再生ランキングの1位として「幼少期に虐待を受けた人特有の顔、わたしはそんな顔をしていない。今日を自分のために生きる」が表示され、赤い手書き文字で「Voicyの再生ランキングで1位です。みなさんありがとうございます。」と書かれている。
帽子をかぶった読者からの感想コメントのコマ。吹き出し内「わたしの人生の中で虐待があったのは親元を離れ5年ほど経った頃だったと今認識しました。ゆがみちゃんという漫画がわたしにとってのインキュベーターでした。ゆがみちゃんは母がしんどいで目覚めていたかな、毒親ブームのはしりですね。あれから拗らせていた精神に風穴を開けてくれるあぴマママインド。わたしの治療薬です。12年越しです、干支一周してしまいました。それでも。この時を迎えられた自分を抱きしめたい。私は選んでいい、わたしも今から虐待を受けた人の顔じゃないです。ありがとうございます。」読者のめだまやきさん。仕のボイシーにもらったコメント
キャラクターが語りかける場面。「そうです、めだまやきさん。あなたと母だけの閉じられた空間で、なんの悪も存在しなかったあの透明な期間。それを悪と断じ、あなたが苦しくなったのは、ある一冊の本が大ヒットしたことにより商業的な目的で出版社たちがこぞってその切り口で本を売り始めたから。本から雑誌へ、雑誌からテレビへ、SNSへ。毒親は私たちの日常用語になった。言葉が生まれるとそれまでなかった観念が私たちの中に生まれる。「生きづらい」という言葉が生まれる前は「生きづらい」と感じる人がいなかったように。
毒親に囲まれた子どものイラストと解説テキストのコマ。イラストには「毒親」「アダルトチルドレン」「生きづらさ」と書かれた大きな髪の毛のような存在に包まれた苦しそうな子どもが描かれている。テキスト:新しい言葉の誕生は、私たちを根源的な苦しみからなんら解放しない。むしろもっと苦しくるだけ。言葉以前に、自分がその認知において、何をやっているのかを分解し理解することでしか、苦しみからは解放されないからだ。
棒人間キャラクターが話すポッドキャスト紹介の場面。「じゃあ私たちはその認知において何をやってるのか。どうしてなんとなく寂しく、なんとなく苦しいままなのか。どうしたらいい時を心軽くやり過ごせるようになるのか。すべてを明らかにしたのが、先だっての音声だ。よしもとばななさんの渾身のnoteをありがたくも拝見しまして思ったことを話しました。タイトルは、『幼少期に虐待をうけた人特有の顔、わたしはそんな顔をしていない。』です。Spotify Apple Podcast Voicy でどーぞ‼️
発表後に聴衆から好反応を受けてほっとする場面。ナレーション「発表した途端すごい勢いで聴かれ、何度も繰り返し聴く人も現れ始めた音声だ。」聴衆の吹き出し「光と闇を知ってていいいね」「また目からウロコ」「愛がマジささってくる」ナレーション「苦しみは確かにほんものだ。だけどそれの出口は毒親ではない。アダルトチルドレンでもない。わたしが自分を救った方法を聞いてほしい。
DMへの感謝メッセージを読んで感動している場面。DM「聞きました。大変分かりにくい感想なのですが、私朝井リョウさんの小説が好きでその中でも正欲を読んだ後と同じような衝撃がありました。小説内の言葉で「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、そりゃ気持ちいいよな――」を読んだ時の気持ちと同じような...もう語彙力がなく申し訳ないのですが、後ろから頭をスパコーンっと殴られたような衝撃です。ありがとうございました。」スパコーン! スパコーンされたい方のみいらっしゃってください。世界の見え方がすっかり変わる人もいるかと思います。

育ちや親との関係性にかかわるトラウマについて、本音会でわたしの考え方については何度も言葉や表現を変えてお伝えしていますから、今回のVoicyもやはり本音会の方からは非常に深いコメントが数多く届き、すでに皆さんはもうその悪い記憶をめぐる悪い循環から抜けかかっているのだろうなと感じました。

漫画の中では、わたしの子ども時代に、母が周りの方々に私に関する嘘や過度に誇張した悪口をさんざん吹聴していたことに関し、ちょっとわかりにくい部分もあったかなと思い、すこし文章で説明したいと思いました。

母がわたしのことを嫌ったりわたしを問題児とみなす点において、母の側はあきらかに常軌を逸していたけれど、当時の自分は、どうも母だけが問題なはずはないと考えていました。

たぶんわたしの性格に大きな問題があるんだろうとなんとなく考えていました。どちらがいいとか、悪いとか、そう簡単にジャッジできない気がして、あいまいなところをずっとたゆたっている感覚でした。

しかし普段のうまくいってない母子関係の中では、どちらがいいとか悪いとかジャッジできない状態をたゆたっていられたけれど、嘘や誇張した悪口を交えたわたしの悪口を母がまわりの人間に吹聴する点のみにおいては、明らかに母が悪だと思っていました。

ですので、周りの方々に自分側から見た視点を弁明したり、逆に母のおかしな点を吹聴したりすることも当時の自分はできたはずでした。

しかしそれができなかったのです。

なぜかというと、一方の言うことをたいした検証もせずに信じてしまうような簡単な人たちにたいして、母の悪さをわたしの口で話してしまったら、ことの発端となっているそもそもの母子関係の悪さ、というか母が騒ぎ立てている根源的な問題においても、母が「悪」とみなされる可能性が高いと感じてました。

いいとか悪いとか、それってなんなのか、とか。どこからがよくてどこからが悪いのか、とか。

そういうことって、簡単に明らかになるものではありません。じっくりと腰をすえて考え感じていくものですよね。

当時の自分が許容できていただけの、「どちらが悪いのかわからない状態を、ただたゆたう感じ」を、周りにいた、自分の頭でものごとを考えない大人たちが許容できるとは到底思えませんでした。

みんな、考えるのは嫌いなんですよね。渡された答えをそのまま受け入れるのだけが大好きな人たちばかりだから。

だから、どちらが悪いかわからない状態で、母が悪者になるのは嫌でした。

なんかそんな感じで、だれにも言わずについにここまで来ましたが、結局今の発信内容もだいたいそんな感じになってて感慨深いです。

いいのか悪いのかわからない状態を、ただたゆたい、感じている。見ている。そんなかんじ。

だからもちろん、毒親とかアダルトチルドレンとか、わたしの哲学には到底合いません。

非常におかしいものに感じます。

親ばかりが悪者で、子どもは被害者。そこに反論の余地がなく、だれも反論しないほどの、強度の前提となっているところに思想としての脆弱さを感じていました。

だから救えないんでしょ、と思います。

だから、みんな救われないんでしょ、毒親とかアダルトチルドレンとか言ってても。

漫画で紹介したVoicyですが、救われた方が何人もいらっしゃったそうです。たった30分のお話です。

有料で展開するつもりだったんですが、いろいろありなんとなく無料で出したら、すごい反響でして、無料期間を延ばすことにしました。

わたしを救った考え方、おいておきます。

幼少期に虐待を受けた人特有の顔、わたしはそんな顔をしていない。

もっと読みたいと思った方へ。

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