わたしの毒親とマリーゴールド。│あぴママびより
無表情な女性のそばにマリーゴールドの鉢植えが描かれ、「わたしの毒親とマリーゴールド。」と書かれた漫画のタイトルページ

わたしの毒親とマリーゴールド。

わたしの毒親とマリーゴールド。むっとした表情の女性がマリーゴールドの鉢植えを両手で抱えているイラスト。
今年の母の日のあぴちゃんを記録しておこうと思いマンガにしたら、自分があぴちゃんと同じ年頃の母の日を思い出した。きのう描いたマンガには「人生史上最高のプレゼントは私の嫌いなマリーゴールド」と書かれている。今日のマンガは昨日のつづき。
2コマ漫画。左「あぴちゃん」がベッドで寝ながら「母の日か〜どうせママにきいたって『ママはいいのよ』としか言わんし…」と考えている。右「高校生のわたし」が「はあ…。土曜母の日かあ。絶対覚えとかなきゃ。」と思っている。
2コマ漫画。左「あぴちゃん」がソファで寝転び「学校帰りにヒメちゃんとここの花屋でもいくか~。うちお金もってたっけ」と考えている。右「高校生のわたし」は「ほんとめんどい…。でも用意しないのはありえない!まぁ渡しときゃ1日くらいは機嫌よくなるか…。」と思っている。
2コマ漫画。左「あぴちゃん」はママはピンクってかんじでもないし〜、ママは〜黄色かオレンジかな〜と考える。右「高校生のわたし」は花屋で切り花一輪がいちばん安いけど絶対機嫌わるくなる…。お金ないんだけどな。と悩む。
2コマ漫画。あぴちゃんは160円の植物を持ち「やっす…でもママは値段じゃなくてものの方を見るからな」と思い、高校生のわたしは380円と3500円の鉢植えの前で「こっちにするしかナイ。正直高すぎだけどさすがにコレ買えば文句は言わないはず…」と悩む。
高校生の「わたし」が電車内で大きな植木鉢を持ち「電車の中でこのでかい植木はさすがにはずいはぁ…」と思う一方、「あぴちゃん」は「ママぜったいよろこぶわ早く帰っておやつおやつ」と軽やかに歩いている2コマ漫画。
2コマ漫画。左「あぴちゃん」:セーラー服の女の子が小さな鉢植えを持ち「ママ これあげる」と言う。右「高校生のわたし」:同じくセーラー服の女の子が花束を持ち輝きながら「ただいま。お母さんコレ母の日!!いつもありがとう。」と言う。
植えつけられた義務感と日々の強制と圧力。一瞬でも逃れるためだけに用意された高価なプレゼント。完璧な笑顔と完璧な台詞「ただいま。お母さんコレ母の日!!いつもありがとう。」の後ろには束の間機嫌がよくなるのではというかすかな願い。
曲がった表情の女性と、椅子の上に大きく広がった謎の物体が描かれた漫画のコマ。「お母さん。あなたは本当にそんなプレゼントが欲しかったのですか。
母親らしき女性が子どもに小さな鉢植えを差し出す漫画。「お母さん。あなたは本当は、わたしがもらったような、あなたからすると無価値で、ありふれてて、素朴すぎて、センスもない、
セーラー服の少女が温かく光る小さな植木鉢を両手で差し出している。「でも、ただただあなたを思い選ばれた、小さくてあたたかい、なにかが、無条件のまっすぐななにかが込められた贈り物が、欲しかったのではないですか。
空のコップを両手で持つ女性のイラスト。「ずっと飢えている。もらってももらっても穴があいてたまらない。満ち足りることのない愛情のコップを握りしめ、今日ももらうことばかり考えているお母さんに
庭で植物を植えている人物のイラスト。「あげたいな、このマリーゴールド。でも160円だから わかんないんだろうな。どこにでも売ってるしなぁ。
鉢植えのマリーゴールドのイラストとともに「くさくて強くて安いマリーゴールド。どこにでも売ってるマリーゴールド。君はわたしの花、マリーゴールド。」と書かれた漫画のコマ。

きのう、あぴちゃんにもらった母の日のマリーゴールドについての漫画を描いていたら、思い出してしまいました。

「自分が高校生のころの母の日ってどんな感じだったっけな?」と。

毎年、高校生なりにお金と時間のかかる趣々のプレゼントを渡した記憶があるけれど、ちょうどあぴちゃんと同い年のころに母に用意したプレゼントと言ったら、それはたくさんの赤い花が咲き乱れる大きな鉢植えでした。

それはたしか、母の日のプレゼント用に売られていた特別な鉢植えだったと思います。

持って帰るのが気恥ずかしく、とても大変だった思い出と、さすがにここまでのプレゼントを用意する高校生はいないだろう、と妙に客観的に考えていた記憶があります。

「高校生といえば、親に反抗したりする年代だから、プレゼントを贈るなんて気恥ずかしいことはやらないだろうなぁ」みたいな感じです。

母はたぶん喜んでくれてたんじゃないかなぁ。

改めて当時の自分の心持ちを振り返ってみたら、あぴちゃんのそれとだいぶ違いそうだなと失笑してしまい、比較するように漫画を描いてみました。

あぴちゃんはまだまだおこちゃまです。

あんたの年齢のとき、ママはもっともっと大人だったよ、と言えそうな気持ちです。

それがいいことか悪いことかは神のみぞ、知る。

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