愛情をケア労働で示さないという新しい選択│あぴママびより
ケア労働で愛を示さない

愛情をケア労働で示さないという新しい選択

大人になってから気づく母の愛情、とか。
ケア労働と愛情は紐づけられやすい
ケア労働をしないことが愛情の欠如ともとらえられがち
我が家は徹底して家事を分業している
誰かのケア労働が他の誰かの自由な時間をうむのならそれは不合理
できることを得意な人ができるときに。

愛情をケア労働で示すという沼

「パートナーへの愛をケア労働で示すのはとても不合理だな。」と新婚の頃に気付きました。ケア労働は毎日のものですから、やったらやっただけ、やることが相手にとって当たり前になるのです。

それは子どもが相手でも全く同じです。ママがやるのが当たり前。やってもらえないと愛の欠如ととらえ、不安になったり機嫌を損ねたりします。

わたしはもっぱら、愛情表現は毎日の仕事ではないところで示します。気が向いたときだけ、下記のようなことをして示します。

  • 少し遠くまでいって夫の好きな和菓子を買ってくる
  • あぴちゃんが寝る直前に布団乾燥機で布団をあたためてやる
  • 夫のお風呂上がりにいちばん上等のバスタオルを探して渡してやる
  • お菓子を時間をかけてワクワクする感じに盛り付けてやる

本当に気が向いたときだけ。でもこれらはケア労働とはちがい、別にやらないでもいいことをわざわざ時間をとってやっているという点で、ケア労働より簡単に確実に私の愛情を彼らに伝えられると思うのです。

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