あぴちゃん受験記。高学歴無意味観│あぴママびより
あぴちゃん受験期 高学歴無意味観

あぴちゃん受験記。高学歴無意味観

こないだあぴちゃんの焦れない障害について漫画にしたって言ったじゃん。その漫画に○○さんがコメントくれてたよ。
なんて言ってた? あぴちゃんが焦れないのは障害じゃないって。受験勉強なんて本当はあぴちゃんの人生にとって全然必要じゃないって、本当はあぴちゃんは心のどっかで分かってるから焦れないんだって。
どこに行くか、学力レベル基準で考えるならどこにいったって一緒だって。どうでもいいことだって。あぴちゃんが何に興味があって何をしたいかしか将来に関与しない、みたいなこと。
大人の中でも自分のテーマを見つけた人はこういうこと言うのよ。学力レベルでどこにいくかマジどうでもいいし意味ないって。
でも世の中には自分のテーマを見つけてない大人が大半で、そんな人は、できるだけ高レベルな学校に行けって、子どもに言う。自分の人生のことわかってないのに、わかってないからこそ、子どもにとにかく上を目指せって言う。
自分のテーマを見つけた人の言うことと、見つけてない人の言うこと、どっち聞くの~?
う~ん・・・ いっぱい迷って泣いて笑って、受験は現代の通過儀礼。

自分のテーマを見つけてしまった大人たちが、あぴちゃんにいろいろ言ってくれることはたいへんありがたいことだなと思います。

「あぴちゃんが焦れないのは、実際は学校の勉強が今後も使えるものではないという内なる気づきからきているのでは?」という指摘もたいへん鋭いものだと感じました。

というか、そのような種をまいてしまったのは、私だと思います。

彼女が不安になれないのも、下記の漫画のとおり私のせいです。

 

私の中にも、「この大事な時期に、この人はこんなに安心しながら進んで大丈夫か…」という迷いがないわけでもありません。

「旧来どおりの価値観をもとに、子どもを進ませるほうが安泰なのだろうか…」という思いが頭をかすめないこともありません。

しかし、それは一瞬のことです。

やっぱりどう考えても、この方が言っていることと、自分があぴちゃんに言っていることは、わたしの感じる筋の通った正しさです。

ひきつづき、受験期という特別なときを、あぴちゃんの隣にただただいさせていただこうと思います。

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