今日の漫画は、いつもどおり親子の日常会話を描写した漫画です。
たまたまそれが、政治においての右側左側という言葉や、どうして彼ら彼女らは自然と右にいったりまたは左にいったりするのか、みたいなテーマを含むものになってしまいました。
そうしたところ、いつも事前に漫画を見てくださる方が「世のなかの人は政治などに疎く、『右』『左』が右翼左翼をあらわしているのはわかるが、それぞれの意味などよくわかっておらず、なんとなく『右がやばい』みたいな認識のみで生活しているものじゃないか。」というアドバイスをくださいました。
「漫画に注釈をいれるとノイズになるかもしれないが、もしかしたらこのままだとすこし分かりにくいかもしれない。」
とこのようなアドバイスだったと思います。
わたしはこのアドバイスを受けて、右の立ち位置がどんなものであるのか、左の立ち位置がどんなものであるのか、そういう説明を文章で加えてみようと思いました。
今は選挙前であり、このタイミングで政治的なわたしの見解をブログにすると、目くじらを立てる人も普段より多く発生することでしょう。
だから当初は鍵をかけるつもりはなかったけれど、最強度の鍵をかける記事にすることにしました。
前述の方は「恥ずかしながら、わたしはほんとうに政治に疎く…」とおっしゃっておりましたが、わたしはそのように謙遜する方に声をかけたいです。
それはぜんぜん恥ずかしいことではありません。
人間が興味を持つ先は、他の人間に決められるものでも、差し向けられるものでもありません。
興味を持たないという、人間の心のきわめて繊細な志向性や機微を、外側から操作されるべきでもありません。
もし建設的に民主主義らしき仕組みを機能させたいのなら、このように「興味を持たない人」というのも、取り込めるような仕組みの設計や制度から必要だとわたしは考えています。
わたしが考えているのは、このように「興味を持たない人」もしくは「持てない人」への下からのアプローチであり、個へのアプローチです。
その思いが、先日の記事をわたしに描かせました。
今日は、あぴちゃんとわたしの日常会話のあとに、ちょっとした文章が引き続きます。
右ってなんなのか。
左ってなんなのか。
あなたは潜在的にどちらなのか。
支持政党のえらび方。
このような文章が続いていくと思います。











まず、漫画に出てきた「右派」や「左」という言葉が分からない人のために、ちょっとした解説をしてみたいと思います。
右とは何か
どうにもわたしが気になったのは、冒頭で出てきてくれた方の「多くの人は『右がヤバい』となんとなく思っている」という見解についてです。
もし皆さんが、心の中で、「右=ヤバい」という印象を受けているとしたら、まずその図式を一度取り去った方がいいと思います。
それはまったくの勘違いであり偏見で、そういう不健康な図式の上では、対等に議論を重ねることはできません。
もしわたしの昨年、Voicy Episode Awardを受賞した「障害者。セックス。死。」を聴いたことのある方がいらっしゃれば、あの話を思い出してほしいです。
あの話で「障害者」について話した部分を「右翼」にあてはめて聴いてください。
「右」というのは、