【本音】「ありがとう」が言えない。挨拶もできない。どうしようか?│あぴママびより
ありがとういえない。あいさつできない。どうしようか?

【本音】「ありがとう」が言えない。挨拶もできない。どうしようか?

今日もマナー教育がテーマです。

早ければ社会に出て数年とかで、子どもをもうけて育てることになるわたしたちです。

子育てを開始した当初は、そんな事実にどこか腑に落ちないものを感じつつ「そんなもんかな」と受け入れていたものですが、今ようやく少しずつ親離れしてきた我が子を横目に、あらためて思います。

「いや~、赤ちゃんも抱いたことがない。小さな子供の世話もしたこともない。そんな状態で人をひとり育てるのって無理ゲーだよね~」と思えます。

まぁ「無理ゲー」と感じつつ、じたばたもがいてるうちに、子どもがなんとなく育って今があるのだけれども、それだって、さまざまな幸運がいいように重なったからってだけです。

今では育児漫画など描くようになり、たくさんの親御さんから育児相談など受ける私です。自分が通り過ぎてきた道だから、ときに「そんなことは簡単なことなのに、そんなところで迷うんだな」とか「そんなに深く考えなくてもいいんじゃないかな」と傲慢にも思うことがありますが、でもやっぱり基本に立ち返ると、ほとんどのことが迷ってしまって当然だな、とも思えます。

親は自分が育てられたようにしか、子どもを育てられないから。親のメインの情報ソースというのは、自分の親の子育て、となってしまわざるを得ないから。だから、メインの情報ソースに疑問が出てしまったら、それはもう迷って当然の話なのです。

今回取り上げたテーマは、前回と同様、小さい子に対する「マナー教育」です。

わたしは前回、マナー教育はしないでいいのではないか、体裁上の行動パターンを教えるのではなく、すぐには行動として結晶化することがない本質だけ伝えていけばいいのではないか、むしろそうすることで、本音と行動に乖離のない健全な心をはぐくんでやれるんじゃないか、こういう提案をしました。

実践編ではなく、その理念をお伝えした形です。

理念だけだと「あぴママのいうことはわかるんだけど、とはいえそれは難しいことよ。」と腑に落ちない思いを感じる人も多かったんじゃないかなと勝手に予測しました。

ですから、今日は実践編を描いてみました。

いつまでも、「ありがとう」が言えなかったあぴちゃんを例にとり、お伝えしてみました。わたしのマナー教育、実践編です。

私の本音漫画はだいたいにおいて、ちょっと極端だったり、極論に思えたりする内容が多いんじゃないかと思う。私は、マナー教育はやらないでいいとあの漫画で言ったんだから。それは親の体裁を満たすためだと言ったんだから。本質だけ教えれば十分なんだと言ったんだから。
コメントを紹介する。 うちの小3の娘は人に挨拶をするのが苦手で、声をかけられても無視してしまい気に病んでいました。そんな時あぴママさんの放送で「ありがとう」は強要するものではなく心から思った時に自然と出てくるもの、というお話を聞いて、私は子どもにマナー教育をできないダメな親だと思われたくなかっただけだなと気づきました。それからは私が挨拶する姿を見せるだけにして焦らず娘のタイミングを待つように。すると最近自分から挨拶する娘の姿を見て感動しました。今回のお話もこれに通じるのかなと。本質の部分を大切にしていきたいです。
このコメントをみて、とても懐かしいなと思った。あぴちゃんもそうだったから。都会に住んでいるから、人とすれ違う時の挨拶を教えることはあまりなかったんだけど彼女の場合は「ありがとう」が言えなかったんだよね。すごく優しくて形式にこだわらなくて、子どもの成長を大らかに待ってくれる人の前では私も気を遣わなかったけど
器の狭い人の前では、私もなんか気まずかったから、気持ちがすごいよくわかる。親の体裁大事にしたいよね。だから、こういうときは「あーぴーちゃん!!なんていうの?」とか言ってたなー。あぴちゃんに言ってるんじゃないの。目の前の人へのアピールなんだよね。「教育はしてるよん。常識知らずじゃないよん。」みたいな感じ。
体裁上あぴちゃんに言ってるように見えてもベクトルは完全に、私から心の小さなおばちゃんに向かってるわけ。まぁ、だから、あぴちゃんは

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