
















わたしは、基本的に誕生日も母の日もなくていいと思っています。
もし、毎回毎回、誰もがわたしに対して完璧なプレゼントを用意してくれるという100%の保証があるなら、別にあってもいいかもデヘへ。
でも現実はもちろんそうではないし、むしろ話を親子間に限定すれば、子どもから親への感謝があるべきだとすら思っていないです。
「逆に聞きたい、なんで感謝があるべきだっていう向きのほうが強いの?」なんて、不埒なことを常に考えています。
だから、そんなわたしの子どもの側のあぴちゃんは、もちろんそういった記念日にたいしてテキトーでした。
誕生日の部屋の飾りつけとか、パーティーだとかは、そもそもお祭りごとが好きな人なのでかなり張り切ってやる彼女ですが、それは誕生日をその人のために祝いたいというより、彼女自身がお祭りしたいというモチベーションでやっているようです。
母の日や父の日は、めちゃくちゃ暇だったら目についた何かを買う、みたいな感じで、やる年とやらない年があり、やる年はけっこう珍しかったかなぁ。
だから、今年はなんだか様相が違い、わざわざお金を家から持ち出し、計画を立て店に立ち寄り、私の喜びそうなものを考え逡巡したようで、しかもそのプレゼントがどんぴしゃりわたしの大好きなものでしたから、ママはコマッタコマッタ。
マリーゴールドが嫌いだった経緯、少しずつ好きになっていった経緯は、わたしだけのもの。
そんなわたしだけの歴史に感応するかのように選ばれたプレゼントが、嬉しすぎて、ママはコマッタコマッタ。
Voicyでも関連トピックと言えるお話が繰り広げられています。
わたしが、わたしを、好きになっていく過程です。
わたしが手に入れた若返りの妙薬について惜しまず情報公開する。
好きになっていけば好きになっていくほどに、若返っていく。
そんなうまい話があるのですか?と言われそうですが、ほんとの話。プレミアムリスナー様限定のすでに大好評回です。
