- 2020年7月3日
- 2026年3月26日
「与える喜び」を子どもにどうやって教えるか
気前の良さについて我が身をふりかえると 私は、お金やものが自由に手に入らなかった子どもの頃、人に気前よくなにかをあげるということがなかったように思います。親から「ケチな子だ」というようなことを言われ、素直に自分はケチな性格であるというふうに理解してい […]
気前の良さについて我が身をふりかえると 私は、お金やものが自由に手に入らなかった子どもの頃、人に気前よくなにかをあげるということがなかったように思います。親から「ケチな子だ」というようなことを言われ、素直に自分はケチな性格であるというふうに理解してい […]
小学校三年生も終わりに近づいた頃から、「自分はこういうイメージをもたれている」ということに似た発言をするようになったように覚えています。公園で久しぶりに再会したお友達と会った時に「久しぶりに会うのだったらいつもしている髪型をしてくればよかったな」と言 […]
そんなに大事にする!? って思うほどしっかり面倒を見ています。嬉しいことがあったらぬいぐるみたちに報告するし、均等に添い寝してだれからも不満を買わないように気遣いも抜かりないです。 大人がうちに遊びに来てくれて、それがあぴちゃんのおめがねにかなう大人 […]
どんなことにも自分がこれを選ぶということの理由、論拠を頭の中からうまいこと引っ張り出してそれを相手にわかるように伝える。子どもの頃からそれだけは身に付けさせてやりたいスキルです。
小学生によるオンラインゲームいじめ。あぴちゃんはいじめの当事者じゃなく、仕組みやシステムを批判する立場をとっているようです。
おさなごのくるくる変わる表情。大きな喜怒哀楽。素敵な姿をたくさん見せてもらいました。それらは今もなお現在進行形ですが、消えてしまったものもあります。消えてしまったもののひとつを記録しておきたいと思い漫画にしました。
食事マナーが整わない小学生をどう指導するかあの手この手でアプローチするママですが、大抵は失敗に終わります。まぁ大丈夫。きっとなおっていくはず。
乳幼児の頃って「お世話」イコール「愛情表現」っていう部分が大きかったと思うんです。だけど成長とともに、もちろん「お世話」の部分は減っていく。それは当たり前のことなのだけど、子どもとしては、お世話されない自分、かまわれない自分、これを感じるのがきっと寂しいことなのではないでしょうか。
子どもの動画視聴時間が長いことの影響について考えます。そしていかに小学生の注意をそらし、動画視聴意外の活動に意識を持って行かせるかということにも言及しています。
これ小学校の頃、同じこと思ってた!車の前面って絶対人の顔に寄せてるよね?え、どうなの?どうなの?って思ってた。 大人になった今、おもう。たぶん寄せてない。 シミュラクラ現象・・・見たものが人間とかけ離れているものでも、人は人間の顔に見えてしまうという […]
漫画のあとに本文が続きます。 文句を言わなくなってきた なんでなんでしょう。最近、非生産的な文句を言わなくなってきました。おそらく成果が出るなら文句を言うが、文句を言っても結果が変わらないことというのに余計な労力を使わなくなってきた感があります。成果 […]